
第1回PATinKyoto京都版画トリエンナーレ2013
推薦文
推薦の理由など
推薦者:椹木野衣(美術評論家・多摩美術大学教授)
作家には幼い頃より、理由もわからず気になる不特定多数の人物がいた。あるときから彼はこの感覚を作品化するようになる。具体的には気になる人物を見つけると交渉し、受け入れられた場合には石膏で(場合によっては全身)の型取りをし、等身大の人物像をつくるのである。さらに作家は、その人物像をもとに、彼/彼女の職業や趣味までをも反映したインスタレーションへと仕上げる。が、作品となることで、「気になる」感覚は解決されるのではない。逆に濃縮され、他の人物への観察と混ぜ合わせられ、共通の個性へと還元される。作家は、実は自分自身の雛形を他者に投影して追求しているのかもしれない。
推薦の理由として挙げたいのは、人間という存在そのものが遺伝子の組み合わせから生み出される「版」の積み重ねからなるとしたら、われわれ人間も一種の版構造のなかにあり、この作家が追求しているのも、おそらくはこのことと無縁ではないと考えられるからだ。たとえば、現在制作中の新作では、趣味が高じて墓石のデザイナーとなった「伸夫さん」という人物が取り上げられている。交渉の上、彼の身体を「型取り」し、「伸夫さん」が描いた数々の「墓石画」とともにインスタレーションにする計画だ。
人間が遺伝子という版構造に由来するとしたら、そのひとが生きた証しである墓もまた、版で押したように何世代にもわたって反復される。人間と「つくること」をめぐる版構造が、「様々なる意匠」をともなって作家自身へと回帰する様は、たいへん興味深い。
高嶋英男は、「からっぽ」に触れている
高嶋英男は、ずっと「からっぽ」に触れている。
高嶋の作品の多くは、《からっぽに満たされる》というタイトルがついている。土からつくられる壺の造形を基にした像は、顔も内臓もなく、人間の身体と呼べるのかどうかも定かではない。
通常、否定的な言葉ともされる「中身がない」「からっぽ」の状態に、高嶋は目に見えないものの可能性を感じている。まるで「幸せに満たされる」と同義のように感じられる「からっぽに満たされる」という、一見矛盾した状態は、何もないことの手触りに輪郭を与えるような試みでもある。
陶の外側をつくることで結果として内側が空洞になるのではなく、からっぽをつくるために外側のカタチを仕立てるようなものだ。その時、内側と外側の意味は反転する。
壺自体が容れ物であるように、空洞は入り込む余地、余白とも捉えられる。そこには風が通り、空気が循環していく。
中身の詰まった塊を相手にする彫刻の力強さや工芸の繊細な手技でもなく、カタチあるものをつくろうとする造形でありながら、「つくらない部分」を生み出す行為でもある。つい何かで埋めてしまいたくなる穴をそのまま残すからこそ異形になる。
新作の《てらす》(2022)では、その真っ暗な穴から光を放つという新たな試みにおいて、先行きのわからない世界を照らそうとする。そして、炭化焼成の方法を取り入れ、絵付けをあえてしないことによって、今までにない原初的な手触りが感じられる。
《広がる・途切れる・繋がる》(2022)においては、からっぽの穴を基点として、様々な色やカタチをした感覚器としての鱗が身体と地を繋げ、黄金の角先は開いて世界を感知するように空と繋がるという、見たこともない姿を現した。
高嶋は、自らが手でこねる土だけではなく、土を濡らす水、土を焼く火、作品内を通る風、制作時に感じる重力、こうした作家のコントロールが及ばない自然の作用を受け入れる。
からっぽに触れることは、手で実際にモノに触れるよりも、もっと先へと意識を向けるような感覚が研ぎ澄まされる。手の感触を超えた目に見えない接触点を探り出そうとしているのではないだろうか。
「からっぽに満たされる」は、新たな身体感覚を探求する世界に繋がる言葉のように響くのだ。
作家を取り囲む自然の様々な要素と作品は地つづきとなり、唯一無二の作家によって創造するのではなく、作家以外の別の力も働いて出現するという現象が起こる。
そして、直接触れられない他者を理解する、見えないものを想像、感知することは、私たちに新たな身体感覚を呼び起こさせる。
今まで知っていた、見えていた、触れていたと思っていたもの、自然の概念や人間のカタチを、改めて捉え直す感覚を私たちは覚えつつある。
自然も人間も、拡張や断絶や融合を繰り返し、常に不定形である。人間同士の繋がりは今も昔も叫ばれているが、もはや人間とだけではなく、何と繋がることによって、私たちの輪郭が現れてくるのだろう。
(さかもと りえこ/セゾン現代美術館学芸員)
「地つづきの輪郭 大小島真木 高嶋英男 伏木庸平 増子博子」展図録より。/セゾン現代美術館
公開制作77 高嶋英男 「からっぽに満たされる」 府中市美術館
高嶋英男の空っぽの穴
高嶋英男の制作の進め方は、少々風変わりだ。むしろ、型にはまらない、と形容した方が合っているだろうか。現在高嶋の制作の中心は、陶製の、ほぼ実物大の人体像にある。陶芸用の粘土を手びねりし、徐々に壁を積み上げて形づくる。これは器や壺のつくり方を倣っていて、器や壺と同じく上部に開口部を持っている。この開口部は、底から壁を積み上げていく工程が自然に導く穴であり、高嶋が意識してつくっている穴である。
この穴については後に触れるとして、制作の工程について続けて見ていこう。粘土製の人体は、乾燥を経て一度素焼きされ、釉薬がかかり、部分的に絵付けが施される。例えば衣服にあたる部分、滑らかな白磁釉の面には、青色の線で草花や昆虫などが描かれる。あるいは腕や脚といった皮膚の部分が、荒々しい質感を有する鉄釉で覆われる。縁を金泥が彩る。そして本焼きが行われ、完成となる。
ここで型破りなのは、これら陶芸の工程と技法を、実物大の人体像の制作に適用しているところだ。
今回の公開制作では、素焼きの手前までの作業がおこなわれたわけだが、それでも十分、高嶋の制作のスケール感は明らかになった。180センチを超える人体を作るために、200キロの粘土が用意された(最終的には40キロほどが追加されて完成した)。1日の作業の終わりには、積み上がった粘土が新しいラップフィルムで丁寧にくるまれた。乾燥を防ぎ造形に適した柔らかさを維持するための処置で、毎回、市販のラップフィルム1、2箱が空になる。制作が進むにつれ、一度使用したラップフィルムが、部屋の隅にうず高く積まれていった。
粘土の変化も強く印象に残る。粘土は文字通り息をしていて、空気に触れると乾燥し、可塑性が下がる。粘土に含まれる菌は刻々と組成や量を変化させる。足元からひとつながりの壁でおおわれた人体像を成形するためには、粘土の厚みや高さと、乾燥の進度を制御することが必要となる。最初の段階から、高嶋の頭の中では、ゴールへの精緻な工程表が用意され実行されていたわけだ。
ところが、粘土の重みがゆがみを引き起こして、積み上げていた部位がなすすべもなく崩れ落ちてしまうことがある。周到に踏んできた工程が、ふいに訪れる予測しない事態によって、転覆してしまうのだ。それを受け入れ、もとの工程につながる地点を探して接続していくことで、人体像は完成へと向かっていく。そのような緊張感あふれる粘土とのやりとりが、日々密かに起こっていた。
そして2月半ばに制作のクライマックスが訪れた。頭部が肩に乗り、2本の足を地につけた胴体が背筋を伸ばして直立した。大量の粘土の湿って黒く光る肌目が、かかる重力の強さを実感させた。
この重みは、だが、頭部にぽかんと開いた「穴」によって、一瞬で打ち消されてしまう。空洞の内部を晒した穴は、幻夢的イメージをまとい周囲の空気を吸い込んで、現実の質量を無化していく。
顔にあたる場所が空洞であることは、高嶋英男の顔への強い関心が関係している。この15年ほどの活動を概観すると、同じ陶製ながら途方もなく巨大な頭部と身体を持つ人物像や、実際に生きている人から型取りして作った、特殊効果顔負けの精巧な人物像がある。どれも無表情で、表向きは個体差を示しつつ、現代の疎外感を抱える人間を象徴的に表している。ここに現代社会への先鋭な批評性を読み取ることも的外れではないだろう。しかしながら、高嶋英男が目指すところは、どうもそれだけではない。
「面白いと思ったことを次々に試していくことで、表現が広がっていった」と高嶋英男は語る。平面に描くことへの違和感が立体造形へと進路を向かわせ、大学は日本画科から工芸科(陶芸専攻)を経て、最後は彫刻科で学んだ。粘土という生きた素材の選択も、工芸技法の人体像への適用も、そして樹脂や食材といった異素材の採用も、人の顔への様々なアプローチも、どれも高嶋の興味の結果であるだろう。こうしてジャンルを問わない貪欲な態度、ハイブリッドな制作手法が高嶋英男の流儀であって、これら異種混交をそのままに統合してたどり着いた地点が、あの「穴」なのである。
すでに見てきたように、穴は内部の空洞が顔を覗かせ、また高嶋の顔に対する強い関心が反転して無として示された部分だ。そこだけ気圧が異なるように、強い吸引力を、あるいは反対に拡散する力を感じさせる。このからっぽの穴が、さまざまな価値を反転させ倒置し等価に存在させている。ここに高嶋英男の真骨頂がある。
公開制作の経験が、自分の持つ爆発力を棚卸しして検品するような時間となっただろうか。素焼きから後の仕上げがこれから施される人体像が、次に美術館に持ち込まれた時、その答えの一端が見えてくることを、心から期待している。
神山亮子(府中市美術館学芸員)
2019 公開制作77 高嶋英男 「からっぽに満たされる」/府中市美術館 リーフレットより。






「高嶋英男―領域を越境する壺頭たち」 kyotoba
京都場館長(元川崎市岡本太郎美術館学芸員) 仲野幸生
1873年(明治6年)日本は初めてオーストリアのウィーン万国博覧会に公式参加した。この時の記録を見ると「日本の伝統的な手工芸品が非常に売れた」とある。
その2年後に1871年(明治4年)ウィーン万国博覧会の分冊目録が翻訳されていた。
『墺国維府博覧会出品心得』をみると「第二十二区 美術(西洋二テ音楽、画学、彫刻術、詩学等ヲ美術ト云フ)ノ博覧場ニ工作ノ為ニ用フル車」 とあって面白い。
「美術」という言葉が翻訳された時は、今でいう「アート」「芸術」に近い意味で翻訳され、総合的な領域を包含していた。
さらに「美術ノ博覧場ニ工作ノ為ニ用フル車」とあり、これは今の展覧会の展示やディスプレイ、ウィンドウディスプレイに繋がるようにも解釈できる。そして、この「美術」という言葉と同様に「工芸」という言葉も明治期に翻訳されていて領域が不鮮明な言葉となった。
現代の私たちは、かえって「美術」や「工芸」という訳された言葉があるために「表現領域」の分類と「自分の表現の欲求」との間に齟齬が生じているのではないだろうか。
高嶋英男は「美術」や「工芸」という領域を平気で横断する人だと思う。
高嶋は頭部が壺になっている人体や動物たちを陶芸で作る。
彼は大学時代には絵画を専攻していたが、やがて陶芸の立体を制作し始める。しかし絵画的な要素がなくなったわけではなく陶の表面に釉薬で描かれた絵紋様として再度現れた。青い釉薬で描かれた絵紋様はその絵画性の高さから「壺」の作品などを制作しているイギリスのアーティスト、グレイソン・ペリーを思わせるところもある。しかし、高嶋作品の植物紋様はペリーの自己的な物語世界よりも装飾性の高い紋様が、日本の伝統的な絵付けを想起させる。また、ペリーは「壺」という形態自体を重要視しているが、高嶋は「壺」が頭部にある人体や鳥、動物を作る。
いわゆる顔や頭部にあたる部分が「壺」なのである。人体や動物の頭部が「壺」であり、穴いわゆる空洞を抱えているのだ。
「壺」は本来、花などを生けるために穴を持つ。高嶋作品の「壺」の頭部は空洞であるため、離れてみると暗い闇を抱えているようにも見える。それはまるで私たち一人一人が孤独という闇を抱えているように。
2023 高嶋英男「ソンザイノリンカクヲツクル」京都場/京都解説文より。DM裏面に記載。






